Report▲Kiyoyuki Watanabe
Pix▲Yuzi Okumura

ポーランドの覆面ブラック・メタル・バンド、БАТЮШКА(BATUSHKA)の3度目の日本公演にして初来日公演……と書くと、「お前は何を言っているんだ?」という感じだが、このバンドについて少しでも興味をお持ちの方なら、そういう事態になった経緯についてよくご存知だろう。東方正教会の典礼をモチーフとしたブラック・メタルというコンセプトでスタートしたБАТЮШКАは、’15年にファースト・アルバム『ЛИТОУРГИIА』(’15)を発表すると、瞬く間に世界中で話題となり、各地のフェスティヴァルやツアー活動で引っ張りだことなる。
ところが、その成功の影で創設者のクシシュトフ・ドラビコフスキーとヴォーカリストのバルトロミエ・クリシュクとの間に対立が起こり、バンドは2つに分裂。’18年からの6年間は、同名のバンドが2つ存在する状況となっていた。しかも、’23年と’24年の2度に亘って来日公演を行なったのは、バルトロミエが率いる方のБАТЮШКАだったり。
結局、ポーランドの裁判所がクシシュトフ側に有利な判決を下したことにより、バルトロミエはバンド名をПАТРИАРХЬ(PATRIARKH)と改名。晴れて、唯一のБАТЮШКАとなったクシシュトフ側はツアー活動を再開することになり、こうして初の日本公演に臨む運びとなったのだった。分裂状態にあったとはいえ、もとより世論は創設者のクシシュトフ側を正統とする声が圧倒的に大きく、今回は満を持して“TRUE BATUSHKA”が日本の土を踏むことになったのだ。

さて──’26年1月25日、HOLIDAY SHINJUKU公演の前売りチケットはソールドアウト。当日券を求める人も少なからず列をなしており、最終的に250を超える人数が集まったろうか。定刻までに全員が入りきらないほどの盛況ぶりだった。
ショウが始まったのは、定刻を15分ほど過ぎた頃。場内に甘いお香(乳香)の匂いが漂い始め、男性アカペラの宗教音楽が流れると、修道士のローブを身にまとったメンバーが、鈴の音と共に粛々と舞台に登場してきた。左右にギターとコーラスが各1名ずつ、上手の少し奥まった位置にベース、そしてドラマーの計6名が、ステージ中央に据えられた祭壇に一礼してから、各々の定位置につく。

HOLIDAYはステージ幅に対して観客のスペースが奥に広い長方形になっており、またステージの高さもあまりないため、前方に集まった人達以外には、残念ながらステージ上がよく見えなかっただろう。実際、私もショウの最中は殆ど見えなかったので、多くのことは終演後に確認したのだが、ステージには燭台が4つ、イコン(聖像画)を置いた台座が2つ、それぞれ左右対称となるよう設置され、中央には腰よりちょっと低いくらいの高さの経台(あるいは棺)があり、その上には髑髏がひとつ置かれていた。省スペースのためか、アナログのアンプはなかったが、それでも手狭に感じられた。

実は、現БАТЮШКАのライヴ・メンバーがどのような構成なのか、実際に目にするまで寡聞にして知らなかったので、ぽっかりと空いているように見えた中央のポジションに、てっきりリード・ヴォーカルが収まるものと勝手に思っていた。ところが、いざ始まってみると、上手のギターがハーシュのリード・ヴォーカルを担っているではないか。全員がローブの下に覆面をつけているので見分けがついていなかったが、どうやらこれがクシシュトフで、彼自身がリード・ヴォーカルを兼任するこの6人体制こそが、“TRUE BATUSHKA”のライヴでの姿なのだとようやく知ったのであった。

たっぷり8分近くに亘たって宗教曲のSEが流された後、ショウはセカンド・アルバム『ПАНИХИДА』(’19)の全曲再現からスタートした。1曲目の「Песнь 1」はアルバム・ヴァージョンとは異なり、パーカッションからクリーン・トーンのギターへと導かれるイントロで幕を開け、そこから彼等の特色である重厚なディストーションと男性クワイアが織り成す荘厳なサウンドへと移行していった。
ギターは2人とも8弦を使用していたが、過度に重低音を強調することはなく、輪郭のはっきりしたクリアな音像を維持。そのため、ブラック・メタル特有の繊細なトレモロ・ピッキングと、ドゥーム・メタルを思わせるパワー・コードの重量感が見事に両立され、アルバムで聴き慣れた音世界が忠実に、あるいはそれ以上の迫力で立ち上がっていた。その一方で、曲間のMCや観客を煽るようなアクションは一切なし。あえて挙げれば、途中でベースとギターが立ち位置を入れ替えた程度で、メンバーは終始ほぼ定位置のまま演奏に没入していた。




バルトロミエ側のБАТЮШКА/ПАТРИАРХЬが小道具を駆使した視覚的な演出を前面に押し出しているのと比べると、クシシュトフによる本家のステージは、表面的にはあまりにも地味に映るかもしれない。しかし、その静的なステージングにもかかわらず、この日約80分に及んだライヴで、フロアの空気が弛緩することは一度もなかった。終始張り詰めた緊張感が維持されていたのは、楽曲そのものの完成度はもちろん、それをライヴならではの音像でさらに際立たせていた演奏力によるところが大きいだろう。


先述した「Песнь 1」のイントロもその一例だが、いくつかの楽曲では大胆なアレンジではなく、女性ナレーションのSEを挿入するといった控えめな演出が施されていた。そうした細かな変化がアルバムの世界観を損なうことなく、ライヴならではの表情を与え、楽曲の魅力をより深く引き出していた。
最もフロアが沸き立ったのは、『ЛИТОУРГИIА』冒頭曲「Ектения I: Очищение 」が始まった瞬間だろう。クワイア隊が振るう鈴の音に続いて、物悲しいギター・フレーズが紡ぎ出されると、それまで粛々としていたフロアからも、さすがに大きな歓声が上がった。とはいえ、それは一般的なメタル・ライヴに見られる熱狂とは異なる、むしろ厳粛な宗教儀式の果てに訪れる、啓示にも似た高揚感が場内を包み込んだかのようだった。

そう──結局のところ、БАТЮШКАのライヴはショウではなく、あくまでも典礼なのだ。だとすれば、クシシュトフとバルトロミエではあまりにも目指すところが違い過ぎた。たとえ裁判が起きなかったとしても、2人がいずれ袂を分かつことは避けられなかっただろう。言わば、バルトロミエが宗教的なブラック・メタルを目指しているとするなら、クシシュトフはむしろブラック・メタルを通して宗教音楽を再定義しているような、そんな印象を受けた。
終演を迎えると、冒頭でかかっていた男性アカペラの宗教音楽が再び流れ、メンバーは深々とお辞儀をして、ひとりずつ去っていった。最後にクシシュトフのみが残ると、彼は小道具の蠟燭を観客に配りはじめ、いつしかステージを降りてフロアへと降り、そのまま談笑するなど交流を始めた。深々と被っていたフードはいつの間にか外され、先ほどまでの厳格さとは打って変わって親しみ易い人物へと変貌していた。


彼の振る舞いは物静かでありながら、自分の音楽を愛する者達を心から歓迎していることが、非常によく伝わってくるものだった。聞くところによると、今回の来日で彼はマーチャンダイズとして、CDを4枚しか持ってこなかったそうだが、終演後の彼を見ると、そういった商売っ気のなさにも納得してしまう。厳粛な宗教儀式としての音の壁と、それに続く親密な時間。この両極端な体験こそが、“TRUE BATUSHKA”の本質なのだろう。

[SET LIST:25/01/26@HOLIDAY SHINJUKU]
1.Intro:We Bow Down Before Your Cross@THE ORTHODOX SINGERS(SE) 2.Песнь 1 3.Песнь 2 4.Песнь 3 5.Песнь 4 6.Песнь 5 7.Песнь 6 8.Песнь 7 9.Песнь 8 10.Ектения I:Очищение 11.Ектения III:Премудрость 12.Ектения IV:Милость 13.Ектения V:Святый вход 14.Ектения VII:Истина 15.Outro:We Bow Down Before Your Cross@THE ORTHODOX SINGERS(SE)
