Posted On 2025年8月8日

LEATHERWOLF 来日インタビュー (ディーン・ロバーツ:ds)

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Interview&Text&Pix●奥村裕司/Yuzi Okumura
通訳●小島佳美

LEATHERWOLF 来日インタビュー

(ディーン・ロバーツ:ds)

 ARMORED SAINTやOMENなどと並び、非グラムなLAメタルの特異点として、日本でも多くのHR/HMファンを魅了してきたLEATHERWOLF。かつてツイン・ギター+シンガーもギターを兼任するトリプル・ギター編成でも話題となった彼等が、’84年のデビュー以来、実に40年以上越しで初来日! 去る6月下旬に東京にて2公演を行なった。

 紆余曲折を経ての何度目かの復活アルバム『KILL THE HUNTED』をリリースしたのが’22年。その時点でのバンド・ラインナップは、今や唯一のオリジナル・メンバーとなったディーン・ロバーツ(ds)以下、キース・アダミアク(vo)、ロブ・マス(g)、ルーク・マン(g)、ウェイン・フィンドレイ(g,key)、バリー・スパークス(b)で、当然その6人で来日するものと思われたが──いざフタを開けてみれば、ウェインとバリーの姿はそこになく、新たにギャレット・フラツキ(g)、カート・スコリッチ(b)が迎えられていて、みんなビックリ…!
 MSGを始めマイケル・シェンカー絡みのバンド/プロジェクトで大活躍し、近年はIMPELLITTERIでもプレイしているウェイン、イングヴェイ・マルムスティーンのバック・メンバーとして注目を集め、MSGやUFOにも参加し、一時はDOKKENでベースを弾いてもいたバリーの不在は、決して少なくないオーディエンスをガッカリさせたかもしれない。しかし、ギャレット&カート入りの現行LEATHERWOLFは、名のあるメンバーなど特に必要ないことを、タイト&パワー満載の熱きパフォーマンスでもって、見事に証明して見せたのである。

 驚いたのは、間違いなくウェイン&バリーよりも若い現メンツ全員が、LEATHERWOLFのオリジナル・サウンドを深くリスペクトし、往年のレパートリーを遜色なく再現していたこと。特に、ツイン・リードを担っていたロブ&ルークのプレイが素晴らしく、殊に前者の図抜けたシュレッダーっぷりには、何度となく目を奪われたものだ。そして勿論、既に還暦越え──63歳にして、かつて“Machine”と異名をとった当時まんまのパワー・ヒッターっぷりで、経年による衰えとは全く無縁のディーンによる豪快なドラミングにも、誰しもがド肝を抜かれたに違いない。
 そんなファン大熱狂の初日公演を終えた翌日──6月22日(日)のサウンド・チェック後に、ディーンに対面インタビューする機会を得た。彼には現ラインナップについて、また、’80年代当時を振り返ってもらい、ガッツリ語ってもらった…!!

LEATHERWOLFは文字通りの“ライヴ・バンド”

──昨晩の初日公演はいかがでしたか?
ディーン・ロバーツ:本当に、本当に嬉しい気分だよ。ようやく日本へ呼んでもらえたことを光栄に思っている。’80年代には何枚もアルバムをリリースしているのに、全く注目されなくてさ…。だから、こんな年齢になってから突然、「日本に来て演奏しない?」という連絡があって、本当にビックリしたんだ。正に嬉しい驚きだったな。
──’80年代には来日の話が出ることもなかったのですか?
ディーン:ああ、そうだよ。でも、再(々)結成後にリリースされたライヴ作『WIDE OPEN』で、改めて日本とのつながりを感じることが出来た。確か、’99年のリリースだったよな。というのも、あのアルバムは日本盤だけアートワークが違っていただろ? 実を言うと、俺としては録音状態が今ひとつで、そんなに気に入ってはいなかったんだが、日本盤のアートワークは凄く良かったし、日本のファンはあのアルバムをとても気にってくれた。そして、今でもLEATHERWOLFのことを好きでいてくれるファンがいてくれるのは、本当に嬉しいことだね。

 ▲『WIDE OPEN』(Leatherwolf Music:LWM-001)
 『WIDE OPEN』(キングレコード:KICP-715)

──今回の来日メンバーは、’22年リリースの『KILL THE HUNTED』とメンツが違っていますね?
ディーン:うん。今回、ウェイン(・フィンドレイ)とバリー(・スパークス)は来ていない。バリーはロブ(・マス)の友人でね。あのアルバムに取り掛かった時、元々はNuclear Blastからオファーがあって、最初はジェフ(・ゲイヤー:g)、マイク(・オリヴィエリ:vo)、ケアリー(・ハウ:g)、そして俺でやろうとしたんだけど、上手くいかなくてさ…。俺としては、オリジナルに近いメンツで再結集出来れば…と思っていたんだが、それは無理だったんだ。

▲『KILL THE HUNTED』(ルビコン・ミュージック:RBNCD-1368)

 そこで、ロブの友人だったバリーに声を掛けたんだよ。世界最高クラスのベーシストのひとりさ。ロブとバリーとやれると分かった時、「これはイケるぞ!」と思ったね。キース(・アダミアク)もヴォーカルとして本当に完璧な存在だったから。まぁ、当初は“あのLEATHERWOLFが戻ってきた”となるハズだったのに、結果的にまた違ったバンドになってしまって…。ただ、ジェフが多くのリフやアレンジに関わっていたから、サウンド自体にはLEATHERWOLFらしさが残されてはいる。ルーク(・マン)はあのアルバムでリードを2曲弾いただけだったけど、俺、ロブ、バリー、キースでとにかく時間をかけ、最高の作品を作ろうと頑張ったんだ。

▲Rob Math(g)
▲Luke Man(g)

 一方、ウェインはサンディエゴの友人でね。とにかくマイケル・シェンカーが大好きなヤツなんだ。ただ、今のLEATHERWOLFではライヴの本数が足りなくて、次のレヴェルにいくためには、活動が追い付いていなかったのさ…。
──改めて、現メンバーの加入の経緯などについて教えてもらえますか? まずはヴォーカルのキースから。
ディーン:彼は’18年に加わったんだっけ…? 完全に偶然だったんだ。さっきも話した通り、当初はマイクが歌うハズだったんだからね。それである日、ガレージに座り込んで「どうしようかな…」と思っていた時、ふと近所のスタジオを思い出して、電話してみたんだ。「メタルが歌える若いシンガー、誰か知らない?」ってね。すると、ヴォーカルを2人紹介してくれて、キースはそのうちの1人だった。彼の方が音域が広くて、ちょっとスラッシュ寄りではあったけど──2日後に会って「Only The Wicked」(『KILL THE HUNTED』収録)を歌ってもらったところ、「コイツは素晴らしいぞ!」となり、そのままメンバー入りを果たしたのさ。
 実際、とってもパワフルな声の持ち主だったよ。マイクとはタイプが全く違っていてね。というか、そもそもマイクはシンガーではなかったんだよ。彼はケアリー、ジェフに続く3人目のギタリストとして加入し、でも、なかなか良いヴォーカルが見つからなくて、言ってみれば仕方なく歌ってもらった…んだからさ。マイクはブルース寄りのメロディが得意で、アルバムでは良い仕事をしてくれたけど…。その点、キースは声にもっと荒々しさがあって、よりパワフルなところがイイんだ。


▲Keith Adamiak(vo)

──新しいベーシストのカート(・スコリッチ)と、3人目のギタリスト、ギャレット(・フラツキ)はどのようにして見つけたのですか?
ディーン:カートのことは昔から知っていたんだ。’80年代からの仲だよ。ただ、しばらく演奏から離れていて、最近また弾き始めたというので、ちょうどベーシストが必要だったし、試しに声を掛けてみたら、即OKだったよ。一方、ギャレットのことはルーク経由で知った。ルークとはもう10年ぐらい一緒にやっているけど、彼はギター講師もやっていてね。ギャレットは教え子だったのさ。加入まではトントン拍子で話が進み、リハーサルの度に飛行機で飛んできてくれて、凄く熱心にやってくれている。彼みたいなギタリストを見つけるのはそう簡単なことじゃない。だから、心から「本気でプレイしたい!」と思っているギャレットのような優れたプレイヤーを見つけることが出来て、本当にラッキーだと思っているよ。

▲Kurt Skorich(b)
▲Garret Fratzke(g)

──ギャレットはギター専任ですよね? ウェインのような鍵盤も弾くことはなく…。
ディーン:勿論、キーボードがあると音の幅が広がるよ。実際、Island Recordsからの2枚(’87年『LEATHERWOLF』&’89年『STREET READY』)では、「Wicked Ways」や「Gypsies And Thieves」なんかでキーボードを使っていたし、当時のライヴでマイクがそのパートを弾いてくれたのも良かった。『KILL THE HUNTED』では、 「The Henchman」の最後のリード・パートで、ウェインがキーボードのフレーズを弾いているけど、あれは本当にクールだったな。でもね、ライヴだとたまにしか必要じゃないキーボード・パートのためだけに、メンバーを1人加えるのってなかなか大変なんだよ。だから今後、もっと頻繁にライヴが行なえる状況が整ったら、ギタリストの誰かにキーボードパートを教えて、ステージでプレイしてもらうことも考えてはいるんだ。
──昨日のショウでも、バックトラックは使っていませんでしたね?
ディーン:昔、ヨーロッパで初めてツアーした際、一度だけ(同期音源を)使ったことがあるけど、正直チープに感じてしまってね。3ヵ月ほど使ってツアーしたんだったかな? でも、「何かフェイクっぽいんだよな…」と思って、以降は使っていない。やっぱり“ライヴ感”こそが重要だから、基本的には全て生でプレイしている。LEATHERWOLFは文字通りの“ライヴ・バンド”なんだからね。レコーディング音源ではなく、ライヴの空気で魅せたい…と、ずっとそう思っていて、自分達の力だけでやってきたのさ。(同期を使わないと)出来ない曲はやらない──ただそれだけのことだ。唯一、「Rise Or Fall」のイントロだけは、用意された音源を流しているけどね。
──ヴォーカル・ハーモニーも全て人力でコナしていましたね?
ディーン:そう。全て本物だ。テープや打ち込みは一切使っていない。LEATHERWOLFの曲って演奏が複雑だから、プレイしながらハモりを合わせるのは本当に大変なんだよ。特に、小さなクラブでライヴを行なう時は、ろくにモニターも揃っていないから、みんなで音程を合わせるのはとっても難しい。でも、うちのメンバーはどんな状況でも上手くやってのけてくれている。まぁ、もっとリハーサルが出来ると、さらに良くなるんだけど…。

LEATHERWOLFのサウンドは他と比べて本当に違っていた!

──LEATHERWOLFはカリフォルニアのオレンジカウンティ出身ですが、当時の地元シーンには沢山のHR/HMバンドがいたのでしょうか?
ディーン:ヘヴィ・メタル・バンドか…。確かにバンドは沢山いたけど、LEATHERWOLFみたいなバンドが他にどれだけいたかっていうと──ギタリストが3人もいて、俺達みたいなことをやっているバンドは他にいなかったよ。実際、自分達のスタイルは当時としても凄くユニークだったと思う。とはいえ、最初は俺達もガレージで仲間と集まって、パーティで演奏するだけだった。「俺もパーティで演奏したい!」と思って、みんなバンドを始めるんだけど、上手いバンドとなるとそう多くはなかったね。
──LAのシーンが盛り上がっていることは意識していましたか?
ディーン:というか、俺達もしょっちゅうLAでプレイしていたからね。オレンジカウンティからLAまではたかだか60マイル(約96km)ぐらいだし。渋滞がなければ、45分もあれば移動出来る。’80年代当時は今とは違って、ハリウッドの交通事情はそれほど酷くなかったんだ。実際、Whisky A Go Goで夜中の0時amに演奏を終えても、車でそのまま真っすぐ帰宅出来た。今じゃもう無理かもしれないけど、当時は1時amにLAを出れば、2時amにはもうオレンジカウンティに着いていたよ。
──LEATHERWOLFが最初にリリースしたEP(’84年『LEATHERWOLF』)は、Tropical Recordsから出ていましたが、どんな経緯で契約することになったのですか?
ディーン:ロン・ゴーディってヤツがいてね。彼はガーデングローブという、俺の近所に住んでいたんだ。ある時、俺達がパーティで演奏しているのを見て、向こうから声を掛けてきた。それがキッカケさ。そこからTropicalとの契約につながったんだ。そのロンってヤツは、地元バンドのギタリストで、俺達の友達にギターを教えていたらしい。それで、その友達が「LEATHERWOLFってバンド知ってる?」と紹介してくれたようだ。その後、彼はEnigmaというレーベルの重要人物になっていったよ。

▲『LEATHERWOLF』(Tropical Records:E 1116)

──EnigmaはTropicalの配給をやっていたんですよね? 言ってみれば親会社のような感じですか?
ディーン:まぁ、そんな感じじゃない? 確か、ロンがTropicalの中心人物だったハズだけど、当初はまだ“そのポジション(Enigmaレーベルの重要人物)”ではなかった。でも人脈があったから、「この人とレコードが出せるかも」って話になったんだ。ただその時期に、俺がバイク事故に遭って、復帰まで8~10ヵ月ほどかかってしまってね…。だから、Tropicalとの契約が決まったあと、レコーディングを始めたのは、俺の回復を待ってからになったよ。
──Tropicalは小さなローカル・レーベルでしたが、他にも所属バンドはいましたか?
ディーン:確かに小さなレーベルだったけど、SOCIAL DISTORTIONなんかもリリースしていたと思う。(※恐らくディーンの勘違い) 他にも幾つかバンドがいたけど(※BLACKSMITH、VOLUMATIXなど)、まだ新しいレーベルで、その後ちょっとずつ大きなバンドとも契約し始めて、だんだん信頼されるレーベルになっていったんだ。
──その後、フルンレス化された『LEATHERWOLF』(※タイトル違いの『ENDANGERED SPECIES』としてもリリース)のプロデューサーはマーク・アヴネットで、エンジニアとしてランディ・バーンズがクレジットされていましたね?
ディーン:ミックスを手掛けてくれたランディは、その後、MEGADETHとかDEATH、KREATORなんかもプロデュースするんだよね。実は、『KILL THE HUNTED』も彼がミックスしてくれたんだよ。彼との縁は、ロン・ゴーディやマーク・アヴネットがつないでくれた。彼等がいたから、俺達はレコード制作に臨めたのさ。

▲『ENDANGERED SPECIES』(ルビコン・ミュージック:RBNCD-1445)
▲紙ジャケ再発/来日記念盤としてデフ・ジャケ付属!

──メジャーのIsland Recordsとの契約はどのようにして手にしましたか?
ディーン:俺達はLAによく行っていて、WhiskyやTroubadour、Roxyなんかをソールドアウトさせるようになっていたんだ。それが功を奏し、Islandとのディールにつながったんだと思う。確か、Gazzarri’sでプレイした時、(Islandの)関係者が観にきていたんじゃなかったかな? そのあとIslandとはすぐに契約を結び、2枚のアルバムをリリースしたよ。

▲『LEATHERWOLF』(Island:90660)
▲『STREET READY』(Island:91072)

──Enigmaといえば、Metal Bladeの配給も行なっていましたが、『METAL MASSACRE』に参加するといった話はなかったのでしょうか?
ディーン:ああ、当時はそういう話の流れもよくあったな。でも、俺達はIslandと契約して、金銭的にも一段階上にいたから…。
──トリプル・ギターについては、元々マイクはギタリストとして迎えられたということですが…?
ディーン:そうだよ。最初は「3人目のギタリストを入れよう」って、それだけのことだったんだ。それがジェフのアイディアだったのさ。ただ、当初は作曲面でもかなり複雑なことをやろうとしていたけど、マイクがヴォーカルとして歌い始めたことで、トリプル・ギターを活かした創作という点では徐々に薄まっていってしまってね。
──今でこそIRON MAIDENやACCEPTがトリプル・ギターでやっていますが、当時は特にHR/HMバンドでギタリストが3人という例はあまりなかったと思いますが?
ディーン:APRIL WINEがそうだったんじゃない? あと勿論、LYNYRD SKYNYRDなんかもトリプル・リードでやっていたけど、まぁレア・ケースだったね。それに、LEATHERWOLFの場合は他とはちょっと違っている。というのも、ジェフが当時、パコ・デ・ルシアとかアル・ディ・メオラなんかの演奏を観て、「これだ!」ってなったからだよ。だから、LEATHERWOLFのギター・パートは複雑で、演奏も難しい。確かに今はIRON MAIDENもやっているけど、ウチみたいな繊細に構築された3パートをやっているワケじゃないしね。だからこそ、LEATHERWOLFはクールなのさ! ロブ・マスとかジェフ・ゲイヤーみたいなプレイヤーって、本当にレヴェルが違う。ギター・パートを3つ入れてもちゃんとクリアに聴こえるんだよね。作曲って──結局は“誰が弾くか”にかかっているということを、録音の時に凄く感じたよ。

──LEATHERWOLFがデビューした頃は、RATTやMÖTLEY CRÜE、DOKKENなどが次々ブレークして、今で言うグラム・メタルのブームが起こりましたが、彼等のようなバンドはどう見ていましたか?
ディーン:俺はどちらかというとプレイヤー志向で、才能のあるプレイヤーに注目してきたんだ。だから、DOKKENもそうだけど、WARRANT、POISONなんかは、俺の中ではまたカテゴリーが違う。まぁ、DOKKENにはジョージ・リンチという図抜けたギタリストがいたけどな。JUDAS PRIESTにしても、サイモン・フィリップスが叩いたアルバム(’77年『SIN AFTER SIN』)は凄かったよ。その後に加わったドラマー、レス・ビンクスもとてつもなかった。その点では、RACER Xが出てきた時に、「スゴ腕集団だな…!」と思ったものさ。もし彼等が、PRIESTやVAN HALENみたいな曲を書いていたら、もっと良かったと思うな。飽くまで俺の意見だけど…。
──LEATHERWOLFはどちらかというと、ヨーロッパや英国のバンドからの影響が強かったですよね? 当時のLA界隈には、他にもARMORED SAINTやWARLORDなんかがいましたが、よりヨーロピアンな路線のLEATHERWOLFは、ある意味では浮いていたのでは…?
ディーン:LEATHERWOLFのヴァイブスって、全てジェフからきていたんだ。彼はヨーロッパの古いバンドから影響を受けていて、それが演奏にも出ていた。「Rise Or Fall」「Wicked Ways」「Gypsies And Thieves」「Season Of The Witch」「Kill And Kill Again」…と、今でも彼のリフは残っていて、あのスタイルは演奏だって容易じゃない。作曲という点では、彼はまさに“百万分の一の存在”だったと思うな。ただ、誰でも曲を書く時は、それ自体が自分の心から出たモノだ。だからどれも違うし、それが面白い。リフを思い付いたら、それは“自分のリフ”なんだよ。誰にも真似できない──誰も同じようには弾けないから。

▲’80年代当時のLEATHERWOLF。
(左から)Carey Howe(g)、Geoff Gayer(g)、Michael Olivieri(vo,g)
Dean Roberts(ds)、Paul Carman(b)

 その点で、俺達のサウンドは他と比べて本当に違っていたと思う。ジェフがリフを書き、メンバー全員が集まって音を出すと、他にはない独特の楽曲が生まれるのさ。でもその背景には、週に4日、1日3~4時間、何年間も欠かさずリハーサルを繰り返してきた努力があるんだ。他のバンドがそこまでやってたかどうかは分からないけど。ただ、それ(他のLAバンドと違っていたこと)は意図的じゃない。単に自分達がやりたいこと、自分達が好きな曲をプレイしていただけさ。俺にしても、“自分にはこう聴こえている”といったプレイをやっていただけだよ。ジョン・ボーナムを意識したりはしていない。“自分はどう感じるか?”──ただそれを形にしていただけなんだ。誰かの真似をしようと思ったことなんてなかったし。勿論、歳を取ってくると、「上手くいかないなぁ」「このバンドでは稼げないなぁ」となり、誰しも「じゃあ、マクドナルドで働くか…」「いや、POISONみたいなチープな曲でも書くか」となるものだけどね(苦笑)。
──’80年代中期に地元カリフォルニアでは、どんなバンドと一緒にライヴを行ないましたか?
ディーン:RACER Xとはよく一緒にやったし、テッド・ニュージェントとも、ANTHRAXとも、ARMORED SAINTとも一緒になったよ。ホント、あらゆるバンドと共演したね。勿論、METALLICAとも…! SLAYERはどうだったかな…。でも、確かやったと思う。あとは…LIZZY BORDENとか、STEELERとか。STEELERはイングヴェイ・マルムスティーンがいた頃だな。彼が加入して間もなくというタイミングだったと思う。凄いバンドだと思ったよ。だから、その後にロン・キールがだいぶ丸くなったというか、パワー・ダウンしたのはちょっと驚きだった。KEELとも何度か一緒になったけどね。実は、KEELとは同じマネージメントに所属していたこともあったんだよ。

──では、そろそろ時間ですので、最後に今後の予定を…。
ディーン:あのさ、好きなLEATHERWOLFの曲って何?
──え~と、「Rise Or Fall」とか「Gypsies And Thieves」とか…あと、「Spirits In The Wind」とか。
ディーン:やっぱりその辺か(笑)。じゃあ、コレを聴いてみて。(…とスマホで音源を聴かせてくれる)
──これは…「Rise Or Fall」! リメイク・ヴァージョンですか?
ディーン:そうそう。昔の曲を何曲か録音したんだ。ほら、コレも。
──「Spirits In The Wind」!!
ディーン:俺も昔から「Spirits In The Wind」は最高だと思っていたんだけど、当時はなかなか上手く演奏出来なくてね。でも、今回のリレコ・ヴァージョンは凄くイイぜ! あと、「Thunder」もやったし、「Gypsies~」もやった。ジョエル・ホークストラが参加してくれて、ギター・ソロを弾いてくれたんだ。これは(…と聴かせてくれる)最高に仕上がってるだろ? ジョエルはまさに“次元の違うギタリスト”の1人だね。(スマホをいじりながら)あ~そうそう、「Black Knight」も「The Calling」もやり直したよ。よりメタリックに、音もザクザクしたヴァージョンでね。とにかく、あまり洗練され過ぎないように仕上げた。
 それに加えて、新曲も5曲ぐらいあるんだ。だから、全部で15曲くらいになる。過去曲が10曲、新曲が5曲──それを年末までにまとめたいと思っている。そうして、曲を書いたり、レコーディングしたりするのが一番楽しいんだよね。そして、時々こうやってクールなライヴをやったり。だってさ、日本に来られたんだよ? しかも、63歳になって…ようやくさ!(笑) とにかく、日本のファンには感謝しかない。みんなありがとう! また会おう…!!


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